ナナメなHIGOLOG

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『物から線が見えている生活』に苦しめられた10年間

 

 

 

僕には線が見えていた。

 

そしてそれに支配されながら生きていた。

 

 

突然のことで何のことかと驚かれるかもしれないが、こう言う以外に伝え方が分からない。

 

目や脳の異常で実際に見えているわけではない。

 

感覚的に見えていただけだ。

 

 

今ではほとんど見えなくなっているため過去形とした。

 

 

具体的にどういうことかと言うと、

 

例えば、目の前にあるノートパソコンであれば、それぞれの角から内側には対角線が、外側には垂直方向に2本、斜め45度に3本見えている。

 

同じような四角い形状の物や近しいものであれば全ての物から線が見えてしまう

 

紙、机、スマホといった物から、床の模様や柱などから見えてしまう

 

その線はどこか別の物に接するまで続いている。

 

ここまではたまに見えている人や意識してしまう人がいるかもしれない。

 

 

しかし、僕はその線の上に何か物体が乗っているのが無性に気になってしまっていたのだ。

 

 

このよく分からないものに縛られているせいで、とても生きずらかったことが多々ある。

 

以前まで僕を苦しめてきた『物から線が見えている生活』を今日は紹介していこうと思う。

 

 

 

①食事のとき

 

普段から線に縛られていたため、気にしていることを周りの人に気づかれてしまうこともある。

 

その内の一つに、給食やフードコートで使うような『食事を置くお盆』がある。

 

 

先ほどの説明では、四角い形状では内側には『対角線』が、外側には『垂直方向』と『斜め45度』に線が出ていると言ったが、


『食事を置くお盆』では以下のように見えていた。

 

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僕が見えている線を赤線で示したが、この上に物が乗ってしまうとダメなのだ。

 

小学生が横断歩道の白だけ踏めない、日陰しか踏めないなどのルールで遊んでいるものとは違う。

 

訳が分からないゲームかと思われるかもしれないが、僕は楽しんでやっているわけではない。

 

 

この線に支配されていたのだ。

 

 

このお盆の上に食器を置き、箸を置くことになる。

 

そのため、僕はいつも決まった場所に置いて下の状態にしていた。

 

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端から見ると少し変な配置だが、ここまでならまだ指摘されることは無い。

 

 

食器を乗せた後、席に座ると次は机という物体が目に入る。

 

当然机からも机の上にも線が見えているが、お盆ほど大きい物をその上に置くと線は消えてしまう。

 

しかし、消えたままでは終わらない。

 

机の角からお盆の角に向かって新たな線が生まれている。

 

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見やすくするためにお盆の中の線は消し、新しく生まれた線は青で示した。

 

ちなみに今でも、この線を無くした状態のお盆の画像を見て少しスッキリした気持ちになる。

 

 

また、食事のときにスマホを確認して机の上に置くときには、机の上にこれらの線が見えるため置く場所はいつもお盆に付くか付かないかぐらいで、辺の中心に置いている。

 

ここまでもまだ指摘されることはほとんど無かった。

 

今までの人生でこのことを母親以外に理解されたことがあるのは、前にお付き合いしていた女性ただ1人だが、

その方でも僕が気にして置いていることには、たまに気が付くくらいであった。

 

 

 

②リビングのテーブル

 

我が家のリビングのテーブルは横幅が3メートルくらいある長い机だが、その上にはほとんど物が置かれておらず線の上に物が乗っていることはほとんど無い。

 

これがもし小さいテーブルだったら、どうしても線に物が乗っかってしまうことが多くなるし、

もし母親に整理整頓する習慣がなく、物で溢れかえっていたら僕はリビングには居られないかもしれない。

 

 

しかし、この整理整頓したがる母親は物を角に集めたいらしい。

 

そうすると、エアコンやテレビのリモコン、ティッシュケース、ウェットティッシュケースが線の上に乗っていることがある。

 

こうなっているとご飯を食べていても気になるし、テレビを見ていても気になってしまうことがあった。

 

 

ここはもうほとんど慣れてきてしまっていたため、目を瞑って深呼吸をして意識を逸らせば気にならなくなっていた。

 

しかし、最も僕が苦痛を感じていた場面を次に紹介する。

 

 

 

③試験開始前

 

大学の定期試験は厳格に行われており、試験開始5~10分前に着席し机の上には筆記用具と学生証を置き、

教員が机の上に1人ずつ問題用紙と解答用紙を配り終わるまで紙をめくってはいけない。

 

 

ここでまず、筆記用具と学生証が置かれた状態の机は以下のようになっている。

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基本的に3人掛けの机の端と端に座るため、いつもこのような感じに置いている。

 

これを置くのにもペンは置きやすいが、学生証はとにかく難しい。

 

右側に置くと試験中に紙や腕が当たって線の上に乗ってしまったりして、気になって仕方なくなるため、

上側のギリギリに置くこうとするが対角線の角度が浅いため、置いて良い部分が非常に狭くなっている。

 

 

そして問題はこの後に起こる。

 

この状態で問題用紙と解答用紙が置かれるのを待つことになるが、この置いたときに先ほどのお盆を机に置いたときと同様に別の線が生まれる。

 

まずは問題用紙が置かれると以下のようになる。

 

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先ほどの机の対角線に乗っかってしまうが、机の上におえる問題用紙の占める割合が大きいためこれらの線は消える。

 

そして新しい線が生まれるが、そうすると以下のような状態となる。

 

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紙が置かれてしまうと先ほどまでは問題無かった場所も落ち着かなくなってしまう。

 

しかし、このときにペンや学生証を動かそうとすると稀に教員に睨まれてしまうことがある。

 

教壇から見ると1人だけ動いていると余程目立つのだろう。

 

睨まれているのに気が付き目が合っている状態でペンと学生証の位置を直す勇気はない。

 

 

高校のときの試験では、前の人から用紙が送られてくるシステムであったしいくらでも好きなように位置を変えられたため何も問題なかった。

 

しかし、大学に入ってからは試験の前に落ち着かなくなってしまうことが多くなった。

 

もちろん講義のときにもノートと資料を広げたりしているときにも、ペンを置く位置、ペンケースを置く位置、ペットボトルを置く位置など全てを気にしていた。

 

 

そのため、試験前にはペンと学生証をセットし教員が用紙を配り始めたら、腕を組んで目を瞑ってとにかく集中している風を装うことにした。

 

あくまでも寝ているのではないことを示すために背筋を最大限伸ばして待ち、用紙を配り終わって試験開始のチャイムが鳴った瞬間に、

目を開いて解答用紙に学籍番号と名前を書くよりも先にペンと学生証の位置を直す。

 

 

今では線がほとんど見えなくなっているがこの習慣は簡単には変えられず、むしろこれが一番集中できるルーティンとなっている。

 

 

 

 

最後に

 

この『物から線が見えている生活』は、小学校高学年からつい最近まで続いていたため、

 

自分の中でも対処法が分かってきているし、直すことに慣れてきている部分もあった。

 

 

しかし、僕以外の周りの人には到底理解されない行動となってしまう。

 

食事屋さんのテーブルで紙を入れるケースや調味料の位置を直していると、何してるんだよと言われてしまうときが稀にあった。

 

友人などにもこのことを話したことが数回あるが、変な目で見られたり冗談だと思われたりしてしまうことがあった。

 

 

今まで何度もインターネットで調べたこともあったが、全くと言って良いほど同じようなことで悩んでいる人を見たことがない。

 

まず何て検索すれば良いのかすら分からなかった。

 

 

しかし、インターネットで調べるとただ1人だけ出てくる名前がある。

 

俳優の『沢村一樹』さんだ。

 

 

僕もテレビでこのことを話されているのを偶然見たことがある。

 

そのとき沢村さんは、テレビのセットのひな壇の角を指さして、

 

「ここの角からずーっと伸びてる線があって、歩くときには踏めないからまたぐ。」

 

というようなことを確か話していたと思う。

 

 

テレビでこの話を聞いたとき僕はとにかく衝撃であった。

 

僕も曲がり角から線が見えるしそこが踏めなかった。

 

沢村さんは机や物にも見えているかは分からないが、少なくとも曲がり角からは僕と同じ線が見えているのだと。

 

このとき、僕は初めて『物から線が見えている生活』から救われた気がした。

 

 

僕だけではない。

 

線が見えるのは変なことではないんだ。

 

 

このことが僕の心をフッと軽くした。

 

それから僕は線が見えていても恐怖や呪縛のようなものを感じなくなって、冷静に判断することができるようになった。

 

このテレビを見たのが7年前らしいが、僕はそのときをピークにそこからは段々と線の主張が弱くなっていった。

 

 

この『物から線が見える』ということが、強迫性障害自閉症などの一種ではないかと思ってしまったこともあるが、

 

今となっては、そんなことは1ミリたりとも思っていないし、目を瞑って気にしないようにすることだって簡単にできる。

 

今では見えている線が昔よりは格段に薄くなっていて、わざわざ気にしないと見えないくらい薄くなっている。

 

さらに線の上に物が乗っていてもそこまで気にならなくなってきていて、気が付けば物の位置を直すことはほとんどなくなっている

 

それでも癖というのは中々抜けないもので、少し位置を変えて気持ち良くすることは今でもたまにしてしまう。

 

 

この『物から線が見えている生活』から僕を救い出してくれたのは間違いなく沢村一樹』さんの存在がある。

 

俳優さんのことをあまり知らず、例えば沢村さんがどのようなドラマ・映画に出ていたかと聞かれると、申し訳ないが1つも思い浮かばないくらいだ。

 

しかし、僕にとってはまさに命の恩人のような方で、お会いして最大限の感謝の気持ちを伝えたいと思っている。

 

 

もし、こういった線が見えてしまうことで悩んでいる、苦しんでいる方がいたら

 

 

まず第一に、とにかく深く考えないこと。

 

そして見えてしまうときには目を瞑って5秒数えて、目を開くときには別の場所を見る。

 

僕や『沢村一樹』さんのように、同じように線が見えている人はいる。

 

そこから年月をかけて線が薄くなってきて、気にならなくなった人がいる。

 

決しておかしいことではないし、変なことでもない。

 

ただ『線が見えてしまう』、たったそれだけのこと。

 

 

こういう風な気持ちでいることが、『物から線が見えている生活』から抜け出す鍵になると思う。

 

 

僕と同じようなことで悩み、苦しみ、生きづらさを感じている人に、どうかこの記事が届いて、何かの助けになることをただただ祈るばかりである。

 

 

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