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死ぬまでに読みたい百合漫画レビュー その2『月のテネメント』(著:塀)

 

 

作者の塀先生(Twitter,pixiv)は『たらちねパラドクス』や、今現在連載中の『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』で有名な漫画家である。

 

本作品は時系列で言うと両作品の間に描かれていることになる。

 

 

私はこの作品を百合漫画として捉えこの場で紹介しているが、百合のジャンルの中では百合成分はかなり薄く、いわゆる『日常系4コマ』という部類にジャンル分けされることが多いと思われる。


そのため、直接的なGL描写を好み望んでいるという方は、こちらの作品も芸術作品として読んでいただいた上で、先ほどの『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』を強くオススメしたい。

 

↑現在連載中の『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』は2020年の百合漫画業界を年始から大いに盛り上げてくれた1冊。
2巻か3巻が発売される頃にこの『死ぬまでに読みたい』シリーズで取り上げたい。

 

 

 

 

概要

 

 

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『月のテネメント』
著:塀
発行日:2018年6月22日
発行元:一迅社
価格:850円+税

月のテネメント (4コマKINGSぱれっとコミックス)

月のテネメント (4コマKINGSぱれっとコミックス)

 

大家代行の小学生・川久保かわせみは、月島の長屋で家賃滞納を続ける
レトロ風喫茶店店主・三宅たたきを訪ね、下町の面影を愛する人々に出会う。

「レトロ」と「オンボロ」の大きな隔たりを超えて家賃は回収されるのか!?

(帯裏面紹介文より引用)

 

 

 

 

魅力

①音の描写とコマの使い方

 

読んでいてまず気が付くのはコマの枠組みを飛び越えた表現方法だ。


よく使われている表現で言うところの、コマ枠に胸が乗っているアレのことである。
この表現は本作品でも度々見られる。

 

初めに見ていただきたい表現が、1話9ページで扉を開いて店に入ってくるマルニの場面である。


1コマ目から『ガラララララ』と引き戸が開く音を書きながらも、そこに描写されているのは扉の音に気が付いたたたきとかわせみの姿のみ。


そしてその『ガラララララ』という描写は1コマ目を乗り越えて2コマ目に到達し、そこで扉を開いたマルニが初めて描写され、そのままスムーズにマルニの台詞に移る。

 

 

さらに引き戸を開けるときには、初めに大きく開いて段々と遅くしていき、開ききって『バンッ』と鳴るのを避けるのが一般的である。


『ガラララララ』という描写もそれを表現するために音が段々とデクレッシェンドになっていく様を、文字の大きさを段々と小さくしていくことで読者に伝えている。

 

 

最後に、引き戸と言っても建て付けが悪く『ガタンガタン』となるものから、木と木を噛み合わせていて『スーーッ』と開くものまで様々ある。


今回の『ガラララララ』となるタイプの引き戸にも、キャスターが付いていてスムーズに開くものから、振動した窓から音がするものまで色んなものが想像できる。


そこで音の違いを表現したのが『ガラララララ』という文字を1文字ずつジグザグに描くことで、読者に扉の質感と音をリアルに伝えている。

 

 

こういったように、普通に読んでしまえば「扉を開けた」だけにすぎない場面だが、塀先生の描写にはどこまでも意味があるような気がしてくる1シーンとなっている。


このシーンについては画像を掲載せず、是非実際に自分の目で見ていただきたいと思う。

 


この後にも何度か扉を開く音が描写されているが、それぞれ少しずつテイストを変えることで、扉の質感や開け方、開き具合を感じることができる。

 

音を文字で表現する描写には全てこういった工夫がされているため、是非隅から隅まで確認してもらいたい。

 

 

コマの使い方で1番印象深い場面は3話27ページで団扇の貸し借りをするところである。

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まず最初の3コマ目はかわせみからマルニへ。


そして次の3コマ目では前の3コマ目を使ってマルニからかわせみへ。


あまりにも芸術的な表現で言葉を失ってしまう。

 

 

この全部のコマで言えることはマルニは描かなくても良いし、団扇の貸し借りという描写が無くても成立するという点である。


3コマ目は焙煎の話をしているのだから焙煎しているシーンや、焙煎に用いる道具が描かれてたって良い。(ここで焙煎の道具を出してしまうと4コマ目のオチが弱くなってしまうのであり得ないが)


マルニは会話に参加していないのだから、4コマ漫画では話している人物だけ描くのはよくある表現方法であり、マルニをわざわざ描かなくても何も問題無いのである。

 

 

では、何故塀先生は団扇の貸し借りを描写したのか。


塀先生の遊び心かもしれないし、4コマ漫画への挑戦かもしれないし、はたまたどうしてもこの場面が暑いということを表したかったのかもしれない。


この正解は神のみぞ知るということになるが、間違いなく言えることはこの表現によって漫画に命が吹き込まれているということだ。

 

 

たったの8コマしか描かれていない1ページだが恐ろしく味わい深い1ページとなっており、このページを1度読んでそのまますぐにページを捲った読者は存在し得ないのではないだろうか。

 

他にも、長屋の間取りをそのままコマ(p.44)としていたり、2コマで階段を続かせてたたきが1段ずつ昇っていく描写(p.75)があったり、コマと音に注目するだけで多くの発見が得られると思う。


これらの描写については詳しく描くとキリが無いため、是非手にとって見つけてみて欲しい。

 


最終話のラストでも芸術的なコマ割りが登場するがネタバレになり得るためここでは控えておく。

 

 

 

②表情と雰囲気の描写

 

塀先生の描く女の子には独特の表情がある。


漫画的な顔でパーツが少ないのにどこかリアル。


微妙な角度の違いや目線の書き方、輪郭の取り方で緻密で繊細な表情を描いている。

 

 

本当にリアルな人間みたいに1コマずつコロコロと表情が変わっており、同じ表情は無いように見える。


こうすることで登場人物に命が宿っているように感じてしまう。

 

 

台詞だけをサラサラと読み飛ばしてしまうのは本当に勿体ない。


1コマ1コマ、しっかりと登場人物の表情の移り変わりを感じていきたくなる作品である。

 


そして何より読み進めていくほどに、空気感や雰囲気を感じることが出来る。

 

1コマずつ観察しても何がこの雰囲気を醸し出しているのかは分からないが、おそらく漫画を通しての表現だったり台詞の書き方から、読者は少しずつ『月のテネメント』のリズムや世界観に同調し始め、紙の上にもう1つの世界が広がっているように感じてくるのだと思う。

 

 

突然スピリチュアルな話かよと思われるかもしれないが、1コマにおける台詞量を少なくすればじっくりとした時が流れるし、多くすれば会話中心で速い時が流れる。


言葉に詰まった表現をすれば時が止まるし、登場人物から景色の描写に移れば1拍の休符になる。


4コマ漫画を含む漫画には作者が意図的に作り出すリズムがあると考えている。

 


塀先生はこのリズムを生み出すのが非常に上手く、読者はこのリズムに乗ることでこの作品の空気感や雰囲気を感じ取っているのだと思う。

 

 

 

 

③洋服の描写

 

塀先生と言えば洋服と思い浮かべる方は多いかと思う。


最新作の『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』では独創的なガーリーな服からストリートな服まで描かれていて、服だけ見ていても飽きなくらいの素晴らしい作品となっている。

 

 

本作品でも洋服の描写にはこだわりがあり、4コマ漫画という仕様上全身のコーディネートを見せることが出来ないときには、2コマ分の枠を取り払って全身描かれていたりと、塀先生が描きたい物を忠実にこだわって描いているのだと感じられるシーンが数多く存在する。

 

 

また、洋服のシワは描けば描くほど良いというものではない。


その服のデザインや素材、着ている人の体型によってシワやシルエットは全く異なってくる。


そしてその洋服の設定を決めても、その洋服の素材を実際に知っていないと、その服を適切に描写し伝えることはできない。


塀先生はこういった洋服に関する知識と経験が膨大で、漫画の中に出てくる洋服は全て実際に手に取って着たことがあるのではないかと思ってしまうほどにリアルに描かれている。

 

 

漫画に出てくる洋服なんて着ていれば良いわけではなく、実際の世界でも人の個性を表す1つのパラメータであるように、漫画の登場人物にも個性と共にリアリティーを与えることができるアイテムになっている。


その描写に力をいれることで登場人物が生きてきて、1人1人に魅力を感じることができるのだと思う。

 

 

 

 

まとめ

 

僕は今まであまり4コマ漫画というものに触れてこなかったが、この作品は4コマ漫画で表現出来る真髄のようなものを感じる。


4コマ漫画と言えば登場人物同士の台詞の掛け合いが大部分を占めていることが多く、これが魅力となっていることが多いが、どうしても物語の本筋や登場人物の感情描写をしづらいために、中身が薄くいわゆる"漫画のような人"になってしまうことがある。


しかし、その点を繊細な表情描写や緻密な台詞回しによって補うことで、この作品の登場人物には確かに"命"が吹き込まれており、紙の中で実際に生活しているようなリアルを感じることが出来る。

 


これは漫画における最高の芸術性だと思う。

 

漫画は物語を紡ぐ作品であると共に、絵と言葉で心を動かす芸術であることを思い知らされる。


この作品にはどこのコマで切り取っても、必ずと言っても良いほど魅力が存在する。

 

 

登場人物が見せるリアルな表情。


音が聞こえてくる、匂いが香ってくるような表現。


緻密なシワで素材感を感じ取ることができる洋服。


独特で思い切ったコマ割りによるインパクト。


至るところに仕込まれている小ネタ。


詩的で小気味良い台詞の掛け合い。

 

ページを捲る度に次はどんな表現があるのかワクワクし、こんな表現の仕方があるのかと驚かされることの連続で読んでいて非常に楽しい。

 


塀先生の魅力や漫画に対する誠意と情熱が1冊に濃縮されたような作品。

 

まだ読んだことが無い方は是非手にとってコマの隅から隅まで楽しんでいただきたい。


百合要素は少なめであるためGL描写が苦手だという方にも、芸術作品としてオススメしたい作品となっている。

 

 

 

 

余談

本作品は東京都中央区月島を舞台としているが、月島はもんじゃで有名であり私の祖母は月島のもんじゃ屋で働いていた。

 

小さい頃にもんじゃを食べに行くためによく月島へ行っていたが、お店に行くばかりで店以外に目を向けたことがなかった。


この作品を読んでよく知らずに行っていた月島のことをもっと知りたいという気持ちになり、外出できるようになって時間ができたら聖地巡礼をしてみたいと思った。

 

 

 

 

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